チューメイくんの田舎ぐらし

定年退職後田舎ぐらしを始めました

生島の奥の川、源流にほこらがありました

源範頼の供養塔と墓の間にある村、生島村に小さな川「姫田川」が流れています

大内義隆の姫が死んだので、その名がついたといわれます 奥の山は、これまためでたい「高砂山」です この川の奥に、砂防ダムがあり、役に立たなくなったので、新しくつくることになりました 工事の関係者が整備しているところ、「ほこら」があるとのこと 奥に「ほこら」があることなど、村人は多分だれも知らないと思います

源流に「ほこら」がありました 

ほこらの中には、なにもありませんでした いったい何のためのものでしょうか

村には薬師堂があり、そこに「水神様」といわれる「ほこら」があります 

江戸時代には、「雨乞」をしていたようです 「お布施」「憐慶房」から、神社ではなく、「正学院」という天台宗のお寺に「雨乞」をしてもらったようです

2つのほこらは、雨乞と関係あるのではないかと思っていますが、さて、言い伝えが残っているか・・・