チューメイくんの田舎ぐらし

定年退職後田舎ぐらしを始めました

2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

長州藩、忠蔵さんの農民日記128、飯麦帳享和元年のこと2

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯麦帳をつけていました 今日は、享和元年のものを紹介します 米麦、大麦、小麦の3種類を栽培しています 正味(正実、正ミ)として、食べるのに近い状態にしたときの量を記して…

夏だけどすっきりしない天気

昨日、夕立がありました 今日は、すっきりした朝でした 昼になるにつれ、雲が多くなりました 今日も夕立でした 今、庭には、タイワンツツジが咲いています なかなか強い花で、夏の庭を明るくしてくれます ハウスでは、楽しみが待っています 静かに、熟成をま…

長州藩、忠蔵さんの農民日記127、大唐籾と大唐米のこと

しっかり暑い夏になりました 赤米(これは黒い米)の花が、咲きました 長州藩の小作農民忠蔵さんも、赤米を栽培していました 以前、寛政11年の作物混納帳を紹介しています 赤米は、大唐米(トボシ)と呼ばれていたようです 記録には、大唐籾というのがあり…

長州藩、忠蔵さんの農民日記126、享和元年の麦のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、作物、飯米、飯麦の記録をつけていました 今日から、麦のことを紹介していきます 享和元年の記録に、大麦、小麦、米麦の3種類が書かれていました 注進案には、米麦という名が出…

家の周りは夏の色

中国地方も梅雨明けし、列島が夏になりました ただ、山口県は、九州北部で、一日早い梅雨明けでした 朝から、せみが、にぎやかです 草花も、夏の色になりました ヤマボウシの実は、まだ食べたことがありません 今年は、熟した実が、見られるかも

野菜被害防止の囲いづくり

いのししが、だんだん、家の近くで悪さをするようになりました 家のすぐ前で、ウバユリの根が掘られたり、畑が掘られたりしていました どちらも、昨日のしわざです ソーメンウリもカラスと何者かに、つつかれました 網をはったスイカは無事です まず、侵入者…

長州藩、忠蔵さんの農民日記125、文政8年飯米急減のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 文政8年には、他の年と比べ、特に少ない保有米になっていました 混納帳には、その理由と思われるできごとが書いてありました 大歳祭りで、多量の米が必…

長州藩、忠蔵さんの農民日記124、飯米帳文政9、10年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 文政9,10年のものを紹介します 飯米帳は、文政10年までです これまでの、保有米と借米をグラフにしてみました 忠蔵さんは、借銀返済のために、努力…

長州藩、忠蔵さんの農民日記123、飯米帳文政7,8年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文政7、8年のものです 文政8年は、極端に少なくなっています 保有米を、今の米袋で、文政6年と比較してみました その少なさが、はんぱありま…

長州藩、忠蔵さんの農民日記122、飯米帳文政4,5,6年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文政4,5,6年のものです 文政4年は、たびたび米を借りています 文政6年は、状況がよくなっていくのかなと思われますが、長州藩の不作は、長引いてい…

長州藩、忠蔵さんの農民日記121、飯米帳、混納帳文政3年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 長州藩の小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文政3年のものです 文政時代、長州藩は、不作の連続だったようです 前大津(長門市、三隅、豊田の一部)は、文政4年がひどかったよう…

長州藩、忠蔵さんの農民日記120、飯米帳文政2年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文政2年のものです 保有米の6~7俵になっています 不作になっているのか、加調にとられているのか きびしい状況が続きます 畑の石垣の横の草…

長州藩、忠蔵さんの農民日記119、飯米帳文化15年文政元年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文政元年のものです 飯米帳が、文政になりましたが、改善されたようすはありません 栗畑のすいたところに、びわを植えました くぬぎの間に、びわ…

長州藩、忠蔵さんの農民日記118、飯米帳文化14年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文化14年のものです 米の量が減ってきています その理由は、これから調べてみます 文化の時代が、終わります 盛衰録に記載されている借銭の記…

長州藩、忠蔵さんの農民日記117、飯米帳文化13年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文化13年のものです 農民日記53で紹介した鯨油のことは、次のようなものです 鯨油は、小作の忠蔵さんでも買えたのでしょう 忠蔵さんの作付け…

長州藩、忠蔵さんの農民日記116、飯米帳文化12年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文化12年のことです 川掃除のときの飯米を、お蔵からあずかっています 多分、村の世話人になっていたのでしょう 川の補修のために、永否石とい…

長州藩、忠蔵さんの農民日記115、飯米帳文化11年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、作物の収穫記録をつけていました 今日は、飯米帳文化11年のものです 米の生産額が増えることもなく、借米生活の繰り返しです 萬借銭帳もありますが、どの年のものかわからない…

長州藩、忠蔵さんの農民日記114、飯米帳文化10年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文化10年のものです 夏の借米として籾米を受けていましたが、文化10年には、中さびと書かれています 忠蔵さんが思いついて書いたことばかも…

長州藩、忠蔵さんの農民日記113、飯米帳文化9年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文化9年のものです 文化9年は、借米が減りました 生活が改善されたのかは、分かりません 川土手の草を刈りました ネジバナ・モジズリが咲いて…

長州藩、忠蔵さんの農民日記112、飯米帳文化8年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は文政8年のものです 保有米が増えても、借米は、減るようすが見られません 同じような借銀生活が続いたのでしょう 忠蔵さんは、飯米帳のほかに、作物…

長州藩、忠蔵さんの農民日記111、飯米帳文化7年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 今日は、文化7年の飯米帳のことです 文化7年は、兄弟も家から出たあとで、前年には、子供2人がなくなり、家族も少なくなりました それでも15俵も必要だったのは、いままでが十分な飯ではなかったの…

長州藩、忠蔵さんの農民日記110、飯米帳文化6年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 今日は、文化6年の飯米帳のことです 殿様祭は、江戸時代に、それまでの地域の祭りに兼ねて始まったようです 毛利十一代史に、文化6年の災害のことが書かれています 忠蔵さんの収量をみると、たいした…

長州藩、忠蔵さんの農民日記109、飯米帳文化5年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民忠蔵さんは、飯米帳をつけていました 今日は、文化5年のものを紹介します 文化5年は、借米が減り、少し改善されたのかもしれません 活発な梅雨前線のために、南の方は、たいへんな雨模様です …

長州藩、忠蔵さんの農民日記108、飯米帳文化4年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんは、小作農民ですが、作物収穫や借銀、日記などの記録を残していました 今、飯米帳を紹介しています 今日は、文化4年のものです 文化4年は、不作だったのか、借米が増えました 当然、借銀もふ…