読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

チューメイくんの田舎ぐらし

定年退職後田舎ぐらしを始めました

長門にある草刈氏一族の墓地のこと

畑のイチョウが、紅葉しながら散っています この秋は、イチョウの紅葉は、どこもよくなかったとか

f:id:chuumeikun:20161202044053j:plain

長門三隅樅の木に、草刈氏一族の墓地があります

f:id:chuumeikun:20161202044149j:plain

江戸時代、樅の木の領主は、草刈氏でした

f:id:chuumeikun:20161202044301j:plain

行程記(1742年)に、草刈氏の名前があります 

法経宗(日蓮宗)了性院

高 弐百三十七石六斗弐升 家数 拾六軒 草刈太郎左衛門知行 もみの木

f:id:chuumeikun:20161202044324j:plain

注進案(1842年)に、草刈氏が、樅の木の給領主とあります

戦国時代、秀吉が、高松城を水攻めしている頃、草刈氏は、美作高山城主だったようです

f:id:chuumeikun:20161202045401j:plain

秀吉と毛利の和睦の結果、草刈氏は、城・領地を失い、小早川に助けられて北九州で知行となり、関ヶ原の戦いの後は、毛利について、この地長門三隅樅の木の知行となったようです(三隅町史)

樅の木に、了性院というお寺があります

f:id:chuumeikun:20161202045911j:plain

f:id:chuumeikun:20161202045931j:plain

お寺の名前は、昌樹・了性院 了性は、草刈次郎重継(高山城主)の法名で、昌樹は、その妻宗像氏の法名だそうです(三隅町史)

墓を探して、境内をうろうろしていたら、住職さんが来られて、場所を教えていただきました

f:id:chuumeikun:20161202050502j:plain

f:id:chuumeikun:20161202050514j:plain

f:id:chuumeikun:20161202050527j:plain

f:id:chuumeikun:20161202050546j:plain

墓地は、お寺から少し離れた山の中にありました

f:id:chuumeikun:20161202050604j:plain

f:id:chuumeikun:20161202050620j:plain

了性院と草刈氏の墓地は、国道から少し南に行ったところにあります 草刈氏は、戦国戦乱の世で、翻弄された後、毛利のもとで、やっと、落ち着いて過ごせたのではないでしょうか