ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています
生島村年貢の続きです 今日は、田高、米の上納の書類です
生島村の年貢は、知行、領主、村上作兵衛(御屋敷様)へ、納めています 生島村、久原村に、それぞれお米蔵があったので、いったんそこに保存して、それから、随時運ばれたものと思われます
ほかの資料でも、だいたい同じような年貢になっています
田高、米とは別に、畠高、銀子上納があるはずですが、そのまとまった資料は、今探し中です
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています
生島村年貢の続きです 今日は、田高、米の上納の書類です
生島村の年貢は、知行、領主、村上作兵衛(御屋敷様)へ、納めています 生島村、久原村に、それぞれお米蔵があったので、いったんそこに保存して、それから、随時運ばれたものと思われます
ほかの資料でも、だいたい同じような年貢になっています
田高、米とは別に、畠高、銀子上納があるはずですが、そのまとまった資料は、今探し中です
ミツバチが、巣箱の入口に集まるようになりました
どこかに、引っ越すための準備かなと思っていました 今日は、原因が分かりました スズメバチがやってきたのです 1匹くわえて、飛んで行ったように見えました スズメバチの防御のために、入口に集まっていたのでした たいへんです なんとかしなくては
網を持って待っていたら、スズメバチがきたので、取ろうとしましたが、2回とも逃げられました 残念
スズメバチが、ミツバチをおそったのは、確か秋だったと思います 子供のころ、学校から帰ると、この網を振り回して、スズメバチを取るのが、手伝いでした 学校から帰ったころには、巣箱の前は、ミツバチの死骸だらけでした ミツバチは、安心して蜜を集められないのか、冬は、砂糖水を入れた皿を、巣箱の前に置いていました 10箱位あった巣箱も、やがて、全部いなくなってしまいました 子供のころの、苦い思い出です
今度は、なんとか守ります
日没近くには、ミツバチは、箱の中にひっこみました 明日からは、スズメバチと闘わなくては
湯本の親戚からいただいた屏風を調べています
これまで、堅田家に関係する文書が出てきました
前回、勝姫の結婚の手紙を紹介しました 今回は、皆姫の死去の手紙です
皆姫は、島津家に嫁ぎました 若くして、江戸でなくなったそうです それを知らせる手紙が見つかりました 下書きです
4枚も、念入りに書いたようです 宛名、「様」がついていないので、回し文のはじめかと思いました 児玉遠江が、このとき、どの位の重役についていたか分かりませんが、寄組なので、えらいところにいたと思います
皆姫は、病気療養中にあったが、願い叶わずなくなったようです 大和守様が、だれかは、分かりません 大隅守の間違い? また、11月27日になくなったようですが、これが、毛利十一代史の日付とあいません
4枚もあった手紙の下書きですが、史料とちがっているのが、残念です
湯本の古文書は、ひとまず休止、生島村農村の記録を再開します
石垣のコンクリ張りを、ぼちりぼちり進めています まだ、半分も行きません
昨日、昼前、突然みつばちの大群が、ぶどうハウスの上にやってきました どっかに行くだろうと、しばらく作業を中断しました
群れがなくなっても、数匹が、網の中に入ろうとしていました 変なミツバチだな、中にどんないいものがあるのだろう とハウスの中を見ました
ぶどうの葉に、分蜂のかたまりができていました ここに集まろうとしていたのです ふつうは、5月ごろ分蜂するのに、冬前で、心配です
このかたまりの中に女王蜂がいるはずです これは、取らなくては
早速、以前作った巣箱をもってきました
剪定ばさみで、箱に切り落としました めがねと軍手をしただけで、簡単にとれました やっぱり、日本みつばちは、おとなしい
みつばちは、箱の中にどんどん入ります うまくいったようです
薄暗くなって、ハウスの外に、箱を移動しました 今朝は、たまに、1匹、出入りしていました
前回は、3ケ月で、みんな逃げてしまいました 今回は、いつまで楽しませてくれるかな