2019-01-01から1年間の記事一覧
いただいた屏風の中に、堅田安房へ贈られた下屋敷の書状がありました 同じ屏風の中に、法名一覧がありました このたくさんの法名の中に、2代堅田安房の名がありました この人の墓が、大寧寺にあるようなので、昨日行ってみました 大寧寺の紅葉は、これから…
いただいた屏風に、寛文時代の萩藩家老と思われる名前がありました この書状を、はいで読むことができました 内容は、萩城下、川島村の庄屋が、堅田家の下屋敷の土地を確保したということみたいです 堅田安房様にあてた書状が、家老までまわっているというこ…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 大津郡三隅村生島村人の年貢を紹介しています 今日は、茶と桑の年貢です 忠蔵さんは、茶と桑(かいこ)を育てていました 忠蔵さんや村人の年貢帳の中に、茶と桑がありました 茶と桑には、米1升分、2升…
今年は、いのししに入られ、その上すずめに食べられ、悲惨な稲作となりました いつもは、7俵前後はあるのに、今年は、半分以下でした 忠蔵さんは、混納帳に、猪の被害のことを書いていました 大庄屋山本家の小作で、加調米を取られ、苦しいのに、猪に食われ…
台風がさり、風もおさまりましたが、長門は遠く離れているのに、前回通過した台風より強い風でした 関東は、大変だったことがうかがえます またひとつ、古文書が手に入りました 親戚から、古くなった屏風をいただきました 屏風には、6つの詩がかいてあり、…
田の畔が石垣になっています わずかですが、夏は草刈りがめんどうです おまけに、もぐらが土をかき出して、すきまになっています 草やふじ、くずを取り除くと、石垣らしくなりました 石の間にコンクリをつめました これで、草がはえません 当分、ここの世話…
今年は、いのししの悪さが半端ではありません いのししが、新しい侵入の仕方をして、畑は、わやです 間に合わせで、囲いをしました いつかは、トタンにします ぎんなんのしごが終わりました まだ、畑に残っていますが、毎年余るので、これでやめることにしま…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 以前、忠蔵さんが櫨はぜの苗木を植えたことを紹介しました はぜの苗木を植えたことを絵にしていて、ふと思ったことがありました 苗木では、まだ実がなるか分かりません 雌雄別種で、少し大きくならない…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんの村の人の年貢を紹介しています 今日は、忠左衛門さんです 忠左衛門さんは、田のみです 小名に、国定、原田がありますが、聞いたことがない名があります 北生島と思われます はじめの部分に、…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんの村、生島村人の年貢を紹介しています 3人の年貢を紹介してきました 今日は、4人目、源右衛門さんです 石高はあるのに、屋敷の年貢、門役銀がかかっていません 最後の合計が少なくなっていま…
やっとマンゲツモチのもみすりにつきました 機械は、小型で100Vで動きます はかりは、30キロ設定のままにしているので、15キロほどブロックで調整しています 3日乾燥機にかけましたが、15%でやめました 13%まで落とすと白くなるようです 完全…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんがくらしていた生島村の年貢帳がありました 今日は、貞右衛門さんの帳面です 物成、口米、浮役銀の割合は、前回と同じです 貞右衛門さんは、田しかありませんが、種籾を与えられて、その利息を…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています ふすまの中には、生島村人の年貢の帳面がありました 前回は、半右衛門さんを紹介しました 今日は、弥兵衛さんの年貢です 物成、口米は、同じ割合です 畠銀、大豆間銀、浮役銀、門役銀があります ただ、…
昨日は、秋空でした 遅れていたコシヒカリの刈り取りが、やっと終わりました この田は、管理機構に申請しましたが、結局、自分で管理することになりました 新しいシステムができましたが、田舎では、むずかしいのでしょう 残っていたマンゲツモチをこぎました…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんは、萩藩生島村の農民です ふすまには、村人の年貢の帳面がありました 半右衛門さんの田は、7畝ばかりです 今つくっている田1枚分と、ほぼ同じです たったこれだけが、半右衛門さんの持ち田で…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、作物混納帳をつけていました 文政6年から文政12年のはじめまでを紹介します 忠蔵さんは、文政12年になくなりました 死ぬまでいっしょうけんめい帳面をつけていたことがわか…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 長州藩の小作農民、忠蔵さんは、作物混納帳をつけていました 文政元年(文化15年)から文政5年のものを紹介します 上の紙が取れない部分がありますが、水にぬらすと読めます 今、台風が沖縄付近にあ…
くりが割れて、落ちるようになったので、拾えるように、草刈りをしました 葉がしげったところの草は、のびていないので、春より、短い時間で刈ることができました 草刈り機で傷つけたユズキチも、よく育って実をつけました 今が、一番いいときです すみっこ…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 長州藩の農民忠蔵さんは、作物混納帳をつけていました 文化11年から文化14年のものを紹介します 先日、三隅八幡宮の祭りに行ったとき、文化14年のものを見つけました 勝屋治郎左衛門さんが代表で…
夜は、北の風で長門、萩は雨が降り、寒くなりましたが、昼はとてもよい天気になりました マンゲツモチもいい色になったので、バインダーで刈りました 田んぼはよくかわいて、バインダーもスムーズに働きました 条件がよいと、仕事も楽です
昨日は、長門市、三隅八幡宮の秋祭りでした 神楽舞1つ、腰輪踊2つが奉納されました 腰輪踊は、2つほど、次から奉納できなくなったようです 後継者がいなくて、どこも保存がたいへんなようです 50年前と比べると、店も人もずいぶん減りました
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 長州藩の小作農民、忠蔵さんは、作物混納帳をつけていました 文化6年から文化10年のものを紹介します いねの仕事が半分かたづいたので、今日から石垣補修にかかりました 1日に、たったこれだけしか…
ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 長州藩の農民忠蔵さんは、作物混納帳をつけていました 寛政11年から文化5年までのものを紹介します 一部回収できなかった部分があります 一覧表で、栽培の傾向をみることができます 続きは、次回、紹…
昨日は、コシヒカリのもみすりをして、今朝は新米をいただきました 去年は、胴われで、よくない米でしたが、今年は、上出来でした 手前の田は、管理機構に申請したので、なだらの親の保管場所を変えました 台風でもとばないようにと、頑丈に作っていたので、…
コシヒカリをこぎました 去年までは、わらを全部とっていましたが、今年は、少しだけ取りました 来年のスイカ、カボチャのしきわらにします あとは、灰にするつもりです もみは、さっそく乾燥機にいれました 水分は15.8%で、よくかわいていました あと…
上の畑山に、ヤマボウシを植えています 5月に、花がたくさん咲きました 7月には、おもしろい形の実がなりました 今、実が赤くなっています 赤くなると食べられると聞いていたので、割ってみました 中は、やわらかくなっていました 甘くなっていました ヤマ…
やっとコシヒカリを刈り終えました わずか7畝なのに、5日もかかりました 台風のために、青空が出ているのに、突風でなだらが倒れます くいで固定しました 今日は、バインダーがうまって動かなくなりました トラクターでひっぱりました 今年は、てこずった…
今日も、稲を手で刈りました 昨日午後雨、けさは雷雨、田んぼには、また水がたまりました 足がうまって歩くのもたいへん 今日も、なだら1本分しか刈れませんでした あしたは、バインダーを入れなくては
明日からまた雨というので、コシヒカリを刈りはじめました 田の中には、まだ、水があって、バインダーが入れられません 昼まで、なだら1本分刈りました 午後は、磯田さんの話を聞いてからとりかかりましたが、もう、雷がなって、しばらくすると雨になりまし…
石垣をよじ登って、いのししが入ってきました 網を追加しました このいのししは、うりんぼではなさそうです 近くでは、数軒の田んぼをまとめて囲む電気柵がはられました コシヒカリを刈る時期になりました 先に、黒米を刈りました 今朝も大雨が降ったので、…