チューメイくんの田舎ぐらし

定年退職後田舎ぐらしを始めました

地区でしめ縄を作って地鎮祭

今日は、地区でしめ縄を作って、地鎮祭をしました

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わずか20軒ばかりの小地区ですが、ちょっとした歴史のあるところで、しめ縄を6本作りました

今は、隣地区にある八幡宮は、その昔、この地区にありました 火災があって、大昔の資料は残っていません

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源範頼の墓があります 津和野城主、吉見家の文書に、この墓のことらしきことが書かれているようです

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範頼の墓は、全国各地にみられるようです

村はずれには、大歳様があり、中に、大神岩がおいてあります 

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山には、もり様といって、牛馬の神様があります

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小名にも、昔神社があったと思われるものが残っています

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残念ながら、地区の詳しいことは分かりません ただ、ほそぼそと注連縄づくりが伝えられてきたようです

ウメとグミの植え変え

ウメの木とグミの木を、植え変えました

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墓地前山の木が、大きくなり、窮屈になってきたので、その中の1本、ウメの木を植え変えました

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根は、深くは張っていなかったので、楽でした

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クリとユズキチの間、広々とした場所に植えました

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これは、畑の畔に生えていたグミです かなり大きいですが、植え変えた鉢で、よく育っています 

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グミを掘ったあとに、根が残っていました その根から、芽が出ました

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こんなにありました

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とりあえず、プランタに植えました 実がなるようになったら、市場に出そうかな

注進案の植物、長門市油谷、後畑、角山の草類

天保の書、防長風土注進案の植物について調べています

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今回は、長門市油谷、後畑、角山の草類です

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1 ヒヅリ ハコベ

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メジロに、ヒヅリをすり鉢ですって与えていました ハコベには、ミドリハコベとコハコベがありますが、種の突起で確認できます

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ウシハコベも、ヒヅリと言って、餌にしていました

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2 ヅネンゴ ズネンゴウ カラスムギ

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ズネンゴとは、山口県の地方名のようです

カラスムギとエンバクは、よく似ています

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3 牛の尾 シオデ

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山の中で、タチシオデを見ることがあります

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4 赤熊 シャグマ オキナグサ

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オキナグサは、秋吉台の草原で見たことがあります 江戸時代は、カヤ刈り場が、各地にあったようなので、草原の植物もたくさん見られたことと思います

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5 石蕗 ツワブキ

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産物として、綿や煙草があります 先大津の特色のようです

注進案の植物、油谷後畑、角山の木竹類

天保の書、防長風土注進案の植物について調べています

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今回は、油谷後畑、角山の木竹類です

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1 アンズ

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長門では、アンズが、家先によく植えられています

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アンズとウメは、よく見ると違いがあることに気づきます

2 コヲカイ ネムノキ

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合歓木を、コヲカイ、コウカイと読むようです

3 九年母

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九年母は、まだ写真が撮れていません

4 犬楪 イヌユズリハ ヒメユズリハ

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長門の山では、ヒメユズリハがほとんどで、しめ飾りは、たいていこれを使っていました あるしめ飾り教室で、ヒメユズリハをもって行ったところ、これは、イヌユズリハユズリハは持ってきているので、使わないと言われました 今でも、イヌユズリハという名前が使われています

以前、九州から車で来て、苗木を展示販売されている方がおられました ヒメユズリハの鉢があったので、その方に、長門では、山にいっぱいありますと話したことがあります ヒメユズリハが珍しいところもあるようです

その方から、葉が小さい、花付きヤマボウシを買いました そのとき、路地に植えたら、葉は普通の大きさにもどると言われました

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そのとき買った小さい葉のヤマボウシが、これです 本当に、普通の大きさになりました

5 国木 クヌギ

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クヌギは、長門地方では、山によく植えられています

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クヌギによく似たアベマキは、長門地方では見られないように思います 徳地の野外活動センターには、名札のついたアベマキがあったような気がします

長門市三隅、渋木、真木の境、垰(タオ)のこと

長門市三隅の山公園、いこいの森に「夫婦岩」という山があります

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この場所の山は、三隅町史によると「野地山」となっています 山をよく知る人に聞くと、野地山は、ここより東、津雲海岸にある山と言われました

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江戸時代の地図・行程記には、南西の方向、二条窪に、女夫岩山がありました 二条窪には、女夫岩という小名が残っています 地名は、今と昔とずれがあるようです

江戸時代の、地下上申で、長門市三隅、渋木、真木の村境を調べていて、同じようなことを見つけました

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三隅豊原から二条窪を通り、長門市渋木に行く道は、江戸時代、大事な道の一つでした

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道筋に「楫取」さんも、一時期、住んでいました

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水力発電所も作られたようです

今の様子を、地理院地図で、確認します

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二条窪から、渋木、真木にぬける道に、それぞれ垰(タオ)があります 地理院地図では、真木に行く道に、「石原垰」があります 渋木に行く道は、「サイガ垰」(長門史)というようです

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江戸時代の地下上申には、東方面から歩いて、村境を説明した文章があります 真木との境は、「さやか垰」、渋木にあるのは、「石原垰」となっています

天保時代の注進案の川の説明にも、「石原垰」は、渋木の中にあります

説明を、地図に記してみました

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明治に地図が作成されたときに、場所が入れ替わったのでしょうか

渋木坂水から二条窪に入ったところは、三隅ではなく、長門市渋木です 先日、ここで道路整備をされていた元長門市役所の方が、1軒、長門市の家があったと言われました 三隅二条窪の谷は、奥が長門市だったとは、今回、初めて知りました

ところで、さやか、さいの、さいが、さやめなどの名は、「塞」で、村境の守り神だそうです 地蔵様があるところもあるようです 境垰のことも、ゆっくり調べていこうと思います

ブドウの大胆さし木

年が開けたので、ブドウの枝を、少しずつ切ることにしました

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太い枝は、さし木にすることにしました 以前、さし木しましたが失敗でした

今回は、グミをさしたように、地面にさすことにしました

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ここは、グミのさし木をした場所です 2本ほど、残っていますが、ほとんど藪状態です

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ポットに植え変えたさし木グミです

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草を除きました

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山から、赤土を運んできました

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ブドウの枝を、ぐっさりさしました 大胆さし木です

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これは、グミです グミは、よく根がでましたが、ブドウが、同じように出てくれるか 夏が楽しみです

長門市向津具半島で、弥生時代に稲作が

山口県長門市は本州西端に位置し、日本海に突きだした向津具半島があります 近年、元乃隅稲成に、たくさんの人が訪れるようになりました

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今、この半島で、発掘調査が行われています 今日は、その内容を、埋蔵文化財センターの宮下先生から聞きました

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向津具には、古墳時代の遺跡があることは分かっていましたが、弥生時代のものは、銅剣(国の重要文化財)しか、見つかっていなかったようです

それが、今回の調査で、弥生時代、稲作が行われていたことが分かったようです これは、大きな発見のようです

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その銅剣は、吉野ケ里遺跡のものと酷似しているそうです この、向津具半島でも、吉野ケ里と同時代に、豪族が稲作生活をしていた わくわくするような話です

次の調査で、住居跡が発見できれば、大ニュースになるのかな