チューメイくんの田舎ぐらし

定年退職後田舎ぐらしを始めました

ぶどうのたなに屋根をつけました

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ハウスの外に伸ばした巨峰の実が、大きくなって、目立つようになりました カラスがよく来るようになったので、ねらっているみたいです 屋根をつけて、網をかけることにしました

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家にあった使っていないものを改造しました

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10年はもつように、針金でしっかり固定しました

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網をかけると、ぶどうの曲がり屋ができました

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実に黒とう病がついています 収穫がすんでから薬をまき、来年は、3月から雨よけの覆いをかけようと思います

三隅八幡宮大般若経写本を書いた慶載のこと

長門市三隅八幡宮に奉納された大般若経写本が、市の文化財になりました そのことが、長門時事新聞に詳しく書かれていました

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中国僧、慶載が、三隅に住んでいたことが気になっていました 手がかりは、寺の頭についている「龍谿山」です 下の〇〇寺は、虫食いで読めなかったのでしょう

明治20年の地図、生島村字「穴ケ迫・あながさこ」に、記録のない寺の地名があることを思い出しました

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「願常寺」と「龍水谷」という地名がならんでいます 慶載が住んでいたという「龍谿山」になんとなく近いような気がしました 場所は、三隅八幡宮のすぐ北です

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近くの久原山は、昔「坊の辻山」と呼ばれていたようです 辻とは、天辻、山の頂のことです 頂には、お経が埋めてあって、だれかが掘り出したそうです

江戸時代の地図には、穴が迫のため池がかかれています

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穴が迫のため池は、けっこうな広さです 子どものころ、歩けたので、今はもう、ため池ではなくなっているかもしれません

お寺の前に、大きな池 絵になりそうです 

三隅八幡宮周辺の昔話を、ひろってみました

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鎌倉後半から室町時代の史料が、集まっています 中国僧侶、慶載は、穴が迫のお寺に住んでいたのかもしれないと思いました(チューメイくんの仮説)

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室町時代の記録が、出てこないかなあ

ぶどうの実に病気がついたみたい

ぶどうの実が大きくなってきましたが、実に、こげ茶色の斑点ができました

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巨峰とシャインマスカット、どちらも、ハウスの外にある実に、斑点ができました 黒とう病という病気のようです

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ぶどうがよく育って、ハウスの中ではせまくなったので、1本外に伸ばしましたが、外に出したものが病気になりました 黒とう病は、越冬し、春、雨で広がるようです とりあえず、外の棚に覆いをつけようと思います

昨日、やっと古いふすまの残りの紙を、はぎました

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正徳4年の香典帳でした 300年前のものです 忠蔵さんの初代は、9世で分家し、そこからの系図をかいてくれました それ以前のことは、言い伝えだけかと思っていましたが、記録が一部残っていたのに、感激です あと、3枚ふすまがあるので、ひょっとすると、その中にもあるかもしれません

長州藩、忠蔵さんの農民日記104、飯米帳享和3年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています

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忠蔵さんは、小作農民で、借金を返す生活をしていました

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今日は、享和3年の飯米帳の記録を紹介します

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寛政11年からつけはじめた飯米帳です 5年分を表にしてみました

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家族8~9人が食べる米は、不足分を与えられてきました 当然借銀になります 寛政11年、7俵の借米が、少しずつ減っています 保有米は、7俵から10俵に増えています 改善の方向に向いているようです 大雨、冷夏、いなご発生もなかったのでしょう 藩の記録にも、災害が見当たりません

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びわの実が終わったので、飛び出た枝を切りました これで、また、こじんまりした形になってくれます

いねに追肥をしました

田植えをしてから1月、追肥をしました

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はじめは、りんかあん、今回は、けいさんかり 間違ったことがありました ただ、成分に大きな違いはないので、まちがっても大丈夫のようです

鉢植えみかんに、アゲハの幼虫がついていました 飼育観察してみました

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えさを新しくしないときは、探し求めて脱出、行方不明になりました 幼虫も生きるのに、必死だったようです

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ケースの壁によじ登って、じっとしていたら、やがて、さなぎになりました 中が、やがてちょうの形になります 昆虫の得たこの成長変体過程が、不思議でなりません 神様が作ったと思ってしまいます

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昨日、朝見るのを忘れていて、夕方みると、アゲハが出ていました すぐ、外に出しました 草の枝にとまって、しばらくじっとしていましたが、1時間後みると、いませんでした どこかへ飛んでいったようでした よかったと、ほっとしましたが・・・

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畑の八朔を見ると、緑の支柱になっていました 複雑な気持ちです

長州藩、忠蔵さんの農民日記103、飯米帳享和2年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています

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萩藩、三隅村小作農民忠蔵さんは、家で必要な米の記録を残してくれました

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今日は、享和2年の飯米帳の記録を紹介します

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自分の家で生産した米で、保有となったのは、うるち、餅合わせて8俵半ばかりです これでは、家族8人が食べるには、足りません 不足分を、藩から与えられています 当然、借銀になります こういう状態が続けば、借銀がふくらみ、農地を売ることになります 借銀が増えるから、飯米はいらないというわけには、いかなかったのでしょう

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日記の中に、「音信」ということばが、いくつかありました 「贈り物」と解釈しました

あじさいが咲きました

あじさいが咲いて、梅雨らしくなりました

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こちらのあじさいは、どことなく、はりがありません

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こちらのあじさいは、しゃきっとしています 散歩する人に、きれいとほめられることがあります

今年は、ろうばいの親子が実をつけました

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親子でも、花が少しずつ違います いろんな遺伝子をもっているようです

今年も、びわが十分楽しめました

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我が家のびわは、この木が、最後の実です カラスが食べ落とした種から育ったものですが、よくなります この上にもう1本ありますが、それもカラスのびわです カラスは、悪さもよくしますが、自然のいとなみの役割も果たしているようです