チューメイくんの田舎ぐらし

定年退職後田舎ぐらしを始めました

長州藩、忠蔵さんの農民日記152、生島村年貢その9、田高の上納

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 生島村年貢の続きです 今日は、田高、米の上納の書類です 生島村の年貢は、知行、領主、村上作兵衛(御屋敷様)へ、納めています 生島村、久原村に、それぞれお米蔵があったので、いったんそこに保存し…

ミツバチの巣箱にスズメバチが

ミツバチが、巣箱の入口に集まるようになりました どこかに、引っ越すための準備かなと思っていました 今日は、原因が分かりました スズメバチがやってきたのです 1匹くわえて、飛んで行ったように見えました スズメバチの防御のために、入口に集まっていた…

湯本の屏風その6、皆姫逝去

湯本の親戚からいただいた屏風を調べています これまで、堅田家に関係する文書が出てきました 前回、勝姫の結婚の手紙を紹介しました 今回は、皆姫の死去の手紙です 皆姫は、島津家に嫁ぎました 若くして、江戸でなくなったそうです それを知らせる手紙が見…

長門も初霜

急に寒くなりました 長門地方にも霜がふりました 今年は、庭のさざんかが、たくさん花をつけました ただ、家は、山の杉の木で、日あたりがよくありません 雑木を切って、杉を切る準備をはじめました 杉を倒すところに、しいたけのほだぎがあります もう、腐…

ぶどうの葉にミツバチの塊が

石垣のコンクリ張りを、ぼちりぼちり進めています まだ、半分も行きません 昨日、昼前、突然みつばちの大群が、ぶどうハウスの上にやってきました どっかに行くだろうと、しばらく作業を中断しました 群れがなくなっても、数匹が、網の中に入ろうとしていま…

湯本の屏風その5、勝姫君の結婚

湯本からいただいた屏風を調べています 長州藩の重臣、堅田家の墓が、長門市湯本大寧寺にあります 今日は、4代、堅田広慶が書いた手紙を紹介します 本人の花押があるので、だれかに出したものと思います 内容は、長州藩6代藩主、毛利宗弘が、福井藩8代(…

今朝は山口県北浦だけ雨

夜明け前から、雨が降り始めました 昨日の予報では、月までは晴のはずで、そのつもりで、昨日は、除草剤をまきました むだなことになってしまいました 雨雲を確認しました 不思議な天気です 山口県北浦だけ、雨雲がかかっています 長門市は、強い雨です 今日…

長州藩、忠蔵さんの農民日記151、生島村人の年貢その8、銀子方

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 生島村人の年貢について紹介しています 前回、物成、お米方を紹介しました 今日は、銀子方(主に畠)のことです 地下の分は、だれも同じ金額を集めていたようです 春定の畠銀は、多分、ここで御年銀とな…

長州藩、忠蔵さんの農民日記150、生島村人の年貢その7、農民の規模大小

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 生島村農民の年貢を、調べています 8人分だけ、経営規模が分かりました 生島村の農民は、ほとんどが小作だったと聞いています 以前、全員の名前がある資料を紹介しました 1戸あたり、7合5勺集めてい…

キチジョウソウの花

鉢植えのキチジョウソウが、花をつけました この花が咲くときは、よいことがあったしるしとか 屏風から、堅田家関係文書が見つかったことかな ぶどうに冬を知ってもらうために、ハウスの覆いを取りました 巨峰は、まだ黒くなりませんが、食べられます おかげ…

湯本の屏風その4、長州藩重臣堅田家代々の法名

湯本からいただいた屏風の張り紙を調べています 法事の際につかったと思われる法名一覧がありました 一番右に、毛利家臣、堅田家初代の名がありました ほかの名を、堅田家代々の資料で確認してみました 8代堅田縫殿のはじめの室の法名まであります このとき…

黒米のもみすり

道端に晩秋の花が咲いています やっと、黒米を籾だけにできたので、もみすりをしました もみすりきは、コンパクトです 黒米専用に使っています 脱穀は、千歯の歯を2つだけならべて、穂を1~2本ずつ通しました ずいぶん手間がかかりました もみすりは、機…

いちじくの取り木植え替え

秋も深まり始め、木々が休眠の準備を進めている時期になりました 去年5月に取り木したいちじくも、元気に成長に、葉が落ち始めました 根がはっていれば、植え替えられます 茎が元木とつながっているので、果たして、根がでたのでしょうか 元木とつながって…

湯本の屏風その3、堅田2代の墓

いただいた屏風の中に、堅田安房へ贈られた下屋敷の書状がありました 同じ屏風の中に、法名一覧がありました このたくさんの法名の中に、2代堅田安房の名がありました この人の墓が、大寧寺にあるようなので、昨日行ってみました 大寧寺の紅葉は、これから…

湯本の屏風その2、堅田家下屋敷

いただいた屏風に、寛文時代の萩藩家老と思われる名前がありました この書状を、はいで読むことができました 内容は、萩城下、川島村の庄屋が、堅田家の下屋敷の土地を確保したということみたいです 堅田安房様にあてた書状が、家老までまわっているというこ…

長州藩、忠蔵さんの農民日記149、生島村人の年貢その6、茶と桑

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 大津郡三隅村生島村人の年貢を紹介しています 今日は、茶と桑の年貢です 忠蔵さんは、茶と桑(かいこ)を育てていました 忠蔵さんや村人の年貢帳の中に、茶と桑がありました 茶と桑には、米1升分、2升…

長州藩、忠蔵さんの農民日記148、文政6年の落米のこと

今年は、いのししに入られ、その上すずめに食べられ、悲惨な稲作となりました いつもは、7俵前後はあるのに、今年は、半分以下でした 忠蔵さんは、混納帳に、猪の被害のことを書いていました 大庄屋山本家の小作で、加調米を取られ、苦しいのに、猪に食われ…

親戚から頂いた屏風の古文書1

台風がさり、風もおさまりましたが、長門は遠く離れているのに、前回通過した台風より強い風でした 関東は、大変だったことがうかがえます またひとつ、古文書が手に入りました 親戚から、古くなった屏風をいただきました 屏風には、6つの詩がかいてあり、…

田の畔の石垣にコンクリートをつけました

田の畔が石垣になっています わずかですが、夏は草刈りがめんどうです おまけに、もぐらが土をかき出して、すきまになっています 草やふじ、くずを取り除くと、石垣らしくなりました 石の間にコンクリをつめました これで、草がはえません 当分、ここの世話…

いのししが大暴れ

今年は、いのししの悪さが半端ではありません いのししが、新しい侵入の仕方をして、畑は、わやです 間に合わせで、囲いをしました いつかは、トタンにします ぎんなんのしごが終わりました まだ、畑に残っていますが、毎年余るので、これでやめることにしま…

長州藩、忠蔵さんの農民日記147、櫨ハゼのこと4、接木苗木

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 以前、忠蔵さんが櫨はぜの苗木を植えたことを紹介しました はぜの苗木を植えたことを絵にしていて、ふと思ったことがありました 苗木では、まだ実がなるか分かりません 雌雄別種で、少し大きくならない…

長州藩、忠蔵さんの農民日記146、生島村人の年貢その5、忠左衛門さん

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんの村の人の年貢を紹介しています 今日は、忠左衛門さんです 忠左衛門さんは、田のみです 小名に、国定、原田がありますが、聞いたことがない名があります 北生島と思われます はじめの部分に、…

長州藩、忠蔵さんの農民日記145、生島村人の年貢その4、源右衛門さん

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんの村、生島村人の年貢を紹介しています 3人の年貢を紹介してきました 今日は、4人目、源右衛門さんです 石高はあるのに、屋敷の年貢、門役銀がかかっていません 最後の合計が少なくなっていま…

マンゲツモチのもみすり

やっとマンゲツモチのもみすりにつきました 機械は、小型で100Vで動きます はかりは、30キロ設定のままにしているので、15キロほどブロックで調整しています 3日乾燥機にかけましたが、15%でやめました 13%まで落とすと白くなるようです 完全…

長州藩、忠蔵さんの農民日記144、生島村人の年貢その3、貞右衛門さん

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんがくらしていた生島村の年貢帳がありました 今日は、貞右衛門さんの帳面です 物成、口米、浮役銀の割合は、前回と同じです 貞右衛門さんは、田しかありませんが、種籾を与えられて、その利息を…

長州藩、忠蔵さんの農民日記143、生島村人の年貢その2、弥兵衛さん

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています ふすまの中には、生島村人の年貢の帳面がありました 前回は、半右衛門さんを紹介しました 今日は、弥兵衛さんの年貢です 物成、口米は、同じ割合です 畠銀、大豆間銀、浮役銀、門役銀があります ただ、…

コシヒカリ刈り取りがやっと終了

昨日は、秋空でした 遅れていたコシヒカリの刈り取りが、やっと終わりました この田は、管理機構に申請しましたが、結局、自分で管理することになりました 新しいシステムができましたが、田舎では、むずかしいのでしょう 残っていたマンゲツモチをこぎました…

長州藩、忠蔵さんの農民日記142、生島村人の年貢その1、半右衛門さん

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 忠蔵さんは、萩藩生島村の農民です ふすまには、村人の年貢の帳面がありました 半右衛門さんの田は、7畝ばかりです 今つくっている田1枚分と、ほぼ同じです たったこれだけが、半右衛門さんの持ち田で…

長州藩、忠蔵さんの農民日記141、混納帳文政6年から文政12年

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 小作農民、忠蔵さんは、作物混納帳をつけていました 文政6年から文政12年のはじめまでを紹介します 忠蔵さんは、文政12年になくなりました 死ぬまでいっしょうけんめい帳面をつけていたことがわか…

長州藩、忠蔵さんの農民日記140、混納帳文政元年から文政5年のこと

ふすまに貼ってあった江戸時代の日記を整理しています 長州藩の小作農民、忠蔵さんは、作物混納帳をつけていました 文政元年(文化15年)から文政5年のものを紹介します 上の紙が取れない部分がありますが、水にぬらすと読めます 今、台風が沖縄付近にあ…