しっかり暑い夏になりました
赤米(これは黒い米)の花が、咲きました
長州藩の小作農民忠蔵さんも、赤米を栽培していました 以前、寛政11年の作物混納帳を紹介しています
赤米は、大唐米(トボシ)と呼ばれていたようです 記録には、大唐籾というのがあります これら作物の記録をひろってみました
赤米は、途中、作らなくなり、文政9年から、また栽培しています 赤米は、米にすると33%と、割が悪いようです 赤米の栽培と気候とが、関係しているのかもしれません また、忠蔵さんの記録の大唐籾と大唐米は、同じ赤米のことのように思います
大唐籾という名前は、江戸時代の俳句に、ありました
三浦ちょらさんが、大唐籾のことをよんでいます 切ったさめ(フカ)、穀物でそんな形をしたものは、トウモロコシしかうかびません 大唐籾のことが、ますますわからなくなりました